2017. 08. 16  
第3章のエベレストの裾(富士山と同じ高度)の異国の地に見事に咲いたチューリップに想いを馳せ、新潟県のチューリップ観光案内を観た。新潟県のチューリップ情報
新潟のチューリップを是非一度観ておきたくなった(ムスタンは無理ですから)。

【第4章】ジャパニーサブが死んだぞ!
平成3年11月の事、近藤亨氏は10年以上ヒマラヤ山麓を馬に乗って移動していた~熟練していたはずの彼が落馬をした。
子供のほんのチョットした悪戯に馬が驚いた結果の落馬事故。
彼が目を覚ました時は自宅のベットの中、心配する人々の声が周囲を包んでいた。医者はいない~遠くまで迎えに行く者もいたが、彼の治療に当たったのは、日頃リンゴ園の鶏・豚・牛の診察や治療をしている畜産普及員であった。

寒村の者は医者にはなかなか診てもらえぬ環境、彼は急病人や怪我人をたびたび治療している経験者で、町の医者より信頼ができるとも亨氏は記している(゚ω゚)・・・日本の病院の待合の光景とは、医療事情が大きく違います。

すっかり亨氏を信頼し尊敬しているムスタンの人々は亨氏の事を「ジャパニーサブ」と呼ぶようになっていて、そのジャパニーサブが死んでしまうと嘆き悲しむほどの重傷を負った・・・しかも、遠く厳しい、医療は最悪な環境の異国の地で
どれほど故郷の風景が亨氏の脳裏に浮かんだことか・・・本には書かれていないが、、、それを思うと私は一度必ず新潟の自然に触れたいと思うのです。

★僻地でのボランティア活動がいかに危ない綱渡りの日々か、思い知らされたと・・・見かけ豊かで平和に暮らす私達にはわからない世界です。

【第4章】天祐!本間氏夫妻との出会い
生きて貧に喘ぐムスタンの人々に命を捧げよと~神の意志は、彼の肉体の復活だけに留まらず~大きな支えを贈られている。

亨氏は日本・ネパール協会の依頼で、東京で講演会を行った。(平成3年)
その講演の最後のあいさつで、
「皆さんがこうして経済大国日本で、豊かな文化生活を愉しんでおられる時、私の今いる最貧国ネパールの中でも、最も開発から取り残された秘境ムスタンでは、食料も乏しく、厳寒に暖を取る薪にも事欠き寒さに震えながら必死に暮らしているのです。
そうして子供たちは学校に行きたくとも学校はなく、家が貧乏なために一日中野良仕事を手伝い、水を汲んで谷から運び上げ、家中の食事に必要な粉を石臼で挽き、一生懸命働いているのです。
私はその憐れさを見るに見かねて私財を投げ出し命がけでボランティア活動を始めました。」

そして、戦後の日本の衣・食・住に事欠く決して忘れられない記憶、・・・と挨拶がつづいたのです。
その時初めて亨氏の講演を聞かれた、本間ご夫妻が感銘を受けて、協力を申し出てくださったのです~「ムスタン地域開発協力会」の事務方をすっかり引き受けてくださったご夫妻のお陰で、亨氏が現地ムスタンで本領発揮の活躍を展開できる背景が整ったのでした。

 私は一人農業(労働も事務処理も、暮らしの雑事も何もかも)
 協力者なくして農業は出来るものではないですから~亨氏の安どの様子は良く判ります。

 それから、石臼を挽く子供たちの事・・・遊び半分で石臼を購入しソバを挽いたのですが、匙一杯の粉も引くのが大変でギブアップしました~ムスタンの子らは!!!
そのような地で献身的活動をされるのならば、独り身でなくては叶わぬこと、禅僧の妻帯が許されない訳も分かる気がします。家族が同じ献身の強い志が無ければ家族の存在は不可の環境ですし、自分の家族に憂いがあっては到底出来る所業でもありません・・・近藤氏の胸中、強い意志は信じがたいものです。
何も出来得ぬ私は、ただ贅沢を回避して質素堅実に暮らすばかりで・・・この本を読んでいます。

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心の支えは人それぞれに違います・・・
   意志の強い人もきっと何か支えになっていた者がある。
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プロフィール

レディー

Author:レディー
メタボだったパパは、山梨の自然の中で土に触れ果樹に触れ健康をとりもどし、 夫の健康を気づかうママは・・・ヘルシークッキングの野菜も作りながら食の安全・健康農業を紹介しています。

果樹園にそよぐ風に癒されながら『緑の農地を少しづつ一人一人が守る、緑の日本』を夢見ています。

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